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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)8732号 判決

主文

(一)  被告株式会社石川鉄工所は、原告に対し、第一目録記載の土地上に存する第二目録記載の建物の西側突出部分(南側間口二尺――軒先まで三尺三寸――北側間口二尺三寸――軒先まで三尺六寸――奥行三六尺六寸、約二坪二合、添附図面中朱線をもつて表示した部分)を収去して、第一目録記載の土地(添附図面斜線をもつて表示した部分)の明渡をせよ。

(二)  被告石川順一は、原告に対し、第二目録記載の建物の前記西側突出部分から退去し、かつ、第一目録記載の土地の北側隣地(東京都墨田区亀沢町二丁目五番地の六)、西側露地、南側公道との境界に接して囲繞した全長約一七・七三間、高さ約六尺のトタン塀(添附図面中点線をもつて表示した部分)を収去して、第一目録記載の土地(添附図面中斜線をもつて表示した部分)の明渡をせよ。

(三)  被告等は、連帯して、原告に対し、昭和二六年六月一日から昭和二九年三月三一日まで一箇月金七八七円の割合による、昭和二九年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで一箇月金一二一八円の割合による、昭和三〇年四月一日から第一目録記載の土地(添附図面中斜線をもつて表示した部分)明渡完了に至るまで一箇月金一七〇四円の割合による金員の支払をせよ。

(四)  原告の第一次的請求中その余の請求を棄却する。

(五)  被告石川順一は、原告に対し、第三目録記載の建物を収去し、被告株式会社石川鉄工所は右建物から退去し、第一目録記載の土地(添附図面中斜線をもつて表示した部分)の明渡をせよ。

(六)  訴訟費用は被告等の負担とする。

(七)  本判決中、主文(三)に関する限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的請求の趣旨として、主文(一)、(二)(六)同旨および「被告会社は、原告に対し第三目録記載の建物を収去して、第一目録記載の土地(添附図面中斜線をもつて表示した部分)の明渡をせよ。被告石川は、第三目録記載の建物から退去し、第一目録記載の土地(添附図面中斜線をもつて表示した部分)の明渡をせよ。被告等は、連帯して、原告に対し、昭和二六年六月一日から昭和二九年三月三一日まで一箇月金七八七円の割合による、昭和二九年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで一箇月金一、二二六円の割合による、昭和三〇年四月一日から第一目録記載の土地明渡完了に至るまで一箇月金一、七一五円の割合による金員の支払をせよ。」との判決および仮執行の宣言を求める旨申し立て、

前記請求の趣旨のうち、被告会社に対する第三目録記載の建物の収去、被告石川に対する右建物からの退去、第一目録記載の土地の明渡の請求が認容されないときは、予備的に、主文(五)の同旨の判決および仮執行の宣言を求める旨申し立て、

その請求の原因として、

(一)  別紙第一目録記載の土地(別紙図面中、斜線をもつて表示した部分、以下本件土地という。)は、もと、訴外結城武次の所有であつたが、同訴外人は、訴外三浦末吉に対し本件土地を含む二四四坪二合四勺の土地を譲渡し、原告は、昭和二六年五月一〇日右三浦末吉から本件土地を含む宅地七四坪七合五勺(墨田区亀沢町二丁目五番地の五)の譲渡を受け、同月三〇日、中間省略で、もとの所有者結城武次から直接に右宅地の所有権移転登記手続を了した。

(二)  しかるところ、被告会社は、昭和二六年六月頃、本件土地の隣地(東京都墨田区亀沢町二丁目五番地の三宅地六五坪七合四勺)に、別紙第二目録記載の鉄骨造鉄板葺平家建工場兼店舗一棟建坪二二坪五合を建築したが、右建物の西の部分間口三尺奥行四間半約二坪二合五勺が原告所有の本件土地に侵入して建造された。

(三)  また、被告会社は、昭和二七年四月頃、右建物の北側に七坪五合を更に増築して、右建物の建坪数を三〇坪とした。従つて、原告所有の本件土地に対する前記侵入部分も延長して奥行約六間となり、その坪数は約三坪となつた(別紙図面中、朱線をもつて表示した部分に当る。)

(四)  原告は、被告会社に対し右侵入部分の収去方を求めて交渉を続けていたが、被告会社はこれに応ぜず、却つて同会社の代表取締役である被告石川は、昭和二八年九月頃、請求趣旨記載のごときトタン塀を、原告所有の本件土地に、北側隣地である東京都墨田区亀沢町二丁目五番の六、西側露地、南側公道との境界に接して添附図面中点線をもつて表示したごとく囲繞したものであつて、右トタン塀は、被告石川の所有に属するものである。

(五)  被告会社は、右トタン塀の完成に引き続き、その内部に別紙第三目録記載の木造トタン葺トタン張り平家建店舗一棟建坪八坪を新築してプレス機械数台を陳列した。

(六)  以上のごとく、別紙第二、第三各目録記載の建物は、いずれも被告会社の建築所有にかかるものであり、前記トタン塀は被告石川の建造所有にかかるものである。しかして、右各建物は、いずれも被告会社および被告石川がこれを共同占有している。かように、被告等は、なんらの権原もなく本件土地を不法に占拠し、原告の本件土地所有権を侵害しているのであるから、その侵害の排除ならびに公定賃料に相当する損害金の支払を求める。

(七)  なお、本件土地の公定賃料の算出根拠は、つぎのとおりである。

(1)  昭和二六年六月一日(原告が本件土地所有権者となつた翌々日)から同年九月三〇日まで。

賃貸価額は、金一、七〇九円六八銭(東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五の土地の分筆前である同五番の三宅地二四四坪二合四勺についての分)であり、坪当り賃貸価額は金七円であるから、昭和二五年八月一五日物価庁告示第四七七号に基き一箇月坪当り賃料は金一二円三六銭となる。従つて、本件土地(六三坪七合五勺)の一箇月の公定賃料額は金七八七円(円未満切捨)である。

(2)  昭和二六年一〇月一日から昭和二七年一一月三〇日まで。

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五宅地七四坪七合五勺の固定資産評価額は、金二八六、八〇〇円なるところ、本件土地の一箇月の公定賃料額は昭和二六年九月二五日物価庁告示第一八〇号に基き算出すると金六三〇円となるが、同告示の第一地代の四により従前の賃料額金七八七円を請求することができる。

(3)  昭和二七年一二月一日から昭和二八年三月三一日まで。

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五宅地七四坪七合五勺の固定資産評価額は、金二七〇、五九五円なるところ、本件土地の一箇月の公定賃料額は、昭和二七年一二月四日建設省告示第一四一八号に基き算出すると、金六九六円となるが、同告示の第一地代の四により従前の賃料額金七八七円を請求することができる。

(4)  昭和二八年四月一日から昭和二九年三月三一日まで。

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五宅地七四坪七合五勺の固定資産評価額は、金二九七、五〇五円なるところ、本件土地の一箇月の公定賃料額は、前記建設省告示第一四一八号に基き算出すると、金七六六円となるが、同告示の第一地代の四により従前の賃料額金七八七円を請求することができる。

(5)  昭和二九年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで。

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五宅地七四坪七合五勺の固定資産評価額は、金四七六、一五七円なるところ、前記建設省告示第一四一八号に基き算出すると、本件土地の公定賃料額は、金一、二二六円となる。

(6)  昭和三〇年四月一日から本件土地明渡完了に至るまで。

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五宅地七四坪七合五勺の固定資産評価額は、金六六六、〇二二円なるところ、本件土地の一箇月の公定賃料額は、前記建設省告示第一四一八号に基き算出すると、金一、七一五円である。

よつて、原告は、被告等に対し連帯の上右算定根拠に基き請求の趣旨記載のとおりの賃料相当の損害金の支払を求めるしだいである。

(八)  仮りに、別紙第三目録記載の建物が原告主張のごとく被告会社の所有するものと認められないとすれば、右建物所有権は、被告石川に帰属するものであるから、原告は、被告石川に対し第三目録記載建物の収去を、被告会社に対し右建物からの退去を求めるために予備的請求におよぶしだいである。

と述べ、

被告等の主張にかかる抗弁に対する答弁として、

被告等主張にかかる抗弁第一の事実中、被告石川か、訴外結城〓次郎から、罹災前、本件土地を含む一区画の土地二四五坪の北側四〇坪七合二勺を賃借していたという点および昭和二〇年九月一日以降、右二四五坪の土地を、被告等主張のような約束で賃借したという点は否認する。従つて、右借地権のあることを前提とする被告等の抗弁事実は全部争う。なお、右四〇坪七合二勺の土地(本件土地とは関係がない。)は、罹災前、訴外野口一郎において結城〓次郎から賃借していたものであつて、被告石川は、右土地になんら借地権を有していなかつたものである。

仮りに、被告石川が被告等主張の日時頃訴外結城〓次郎から本件土地を含む二四五坪の土地を賃借した事実があつたとしても、被告等主張のような借地権の対抗力については争う。すなわち、(い)のうち、本件土地を含む七四坪七合五勺の宅地が訴外結城武次から同三浦末吉を経て原告に対し譲渡されるに当り、被告石川の本件土地に対する借地権を承継する約束が存したという点は否認する。訴外結城武次から同三浦末吉に対し右宅地の譲渡があつた際、右結城武次から「戦前の賃借人」に対し分筆譲渡をしてもらいたい旨の希望があり、右三浦末吉においてこれを承諾したことはあるが、被告等主張のごとく被告石川の借地権を承継することを承諾したものではない。訴外結城武次の右希望を、仮りに被告等主張のごとく解するとしても、被告石川の借地権は、その主張のごとく終戦後のものに属し、同被告は「戦前の賃借人」に該当しないから、右借地権を訴外三浦末吉において承継する筋合ではない。

(ろ)のうち、被告等主張にかかる賃貸人たる地位を承継するという東京都における慣習の存在は否認する。

被告等主張にかかる抗弁第二の事実中、被告等主張の立入禁止建築工事続行禁止の仮処分事件、および賃借権設定並に条件確定申立事件が東京地方裁判所に係属した点は認めるが、その余の点は争う。

と述べた

立証(省略)

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として

原告主張の請求原因事実中、

(一)の事実は認める。

但し、原告主張の中間省略登記手続は、訴外結城武次の同意なくして行われたものである。

(二)の事実のうち、

被告会社が原告主張の場所に別紙第二目録記載の建物を建造したこと、および右建物の西側側面が原告所有の本件土地上に僅かにまたがつていることは認めるが、本件土地にかかつている部分は、間口二尺ないし二尺五寸である。

(三)の事実のうち、

被告会社が原告主張のような増築をした点は認めるが、その余の点は否認する。

(四)の事実のうち、

被告石川が原告所有の本件土地に原告主張の日時および場所に、その主張のごときトタン塀を廻したことは認める。

(五)の事実につき

全部否認する。

但し、被告石川において原告の主張するような建物を建築したことはある。

(六)の事実のうち、

別紙第二、第三各目録の建物を被告等において共同占有している点および原告主張のトタン塀が被告石川の所有である点は認めるが、その余の点は否認する。

(七)の点につき

公定賃料額が原告主張どおりであることを争う。

(八)の予備的主張事実につき、

別紙第三目録記載の建物が被告石川の所有に帰属するものであることは認めるが、その余の点は争う。

と述べ、

抗弁として、

第一、被告石川は、つぎに述べるとおり、本件土地につき原告に対抗しうる借地権を有している。しかして、被告会社は、被告石川を代表取締役として同被告が主宰し、その一家で経営しているいわゆる同族会社であつて、同被告と全く同一視すべき存在であるから、被告会社もまた、被告石川の前記借地権をもつて原告に対抗しうる法律上の地位を有する。従つて、被告等に対する原告の本訴請求は失当として棄却されるべきである。

(1)  まず、被告石川の借地権取得の経緯について述べるに、

被告石川は、本件一区画の土地二四五坪の北側四〇坪七合二勺を罹災前より訴外結城〓次郎より賃借し、同地上に木造建物を建造して所有していたが、昭和二〇年三月空襲により右建物は焼失した。

そこで、被告石川は、右訴外人から昭和二〇年九月一日以降、右土地二四五坪を、借地権利金を支払つた上、建物所有の目的で賃料一箇月金二四五円毎月末日払の約束で賃借し、昭和二〇年一二月右土地の北側(同番地の七)に、

木造トタン葺平家建住家一棟建坪一五坪

を新築し、昭和二三年右地上の東北部(同番地の三)に、

家屋番号亀沢町五番の六

木造木羽葺平家建居宅一棟建坪七坪

(昭和二六年六月二日保存登記手続完了)

を建築し、更に、昭和二六年四月東南角の部分(同番地の三)に、被告会社が、原告の主張にかかる別紙第二目録記載の建物である、

家屋番号同町五番の五

鉄骨造鉄板葺平家建店舗一棟建坪二二坪五合

(昭和二六年六月二日所有権保存登記手続完了)

を建築した。その余の空地は、前記各建物の敷地ならびに材料置場として現に使用せられ、かつ将来建物新築の予定となつていたものである。

(2)  被告石川の右借地権の対抗力

(い) 本件土地の売主である訴外三浦末吉は、本件土地に関する被告石川の前記借地権を承継する約束のもとに訴外結城武次から本件土地を買受け、更にその約束をもつて原告に対しこれを転売したものである。

すなわち、原告は、被告石川の有する本件土地借地権を負担する現状のままで本件土地を買受けたものであるから、被告石川の右借地権は、原告との間でそのまま維持存続しているわけである。

(ろ) 仮りに、原告と訴外三浦末吉との間において被告石川の右借地権を承継する約束が存しなかつたとしても東京都においては建物敷地に対する借地権が存する場合、当該土地所有権を譲り受けたものは、右の建物敷地につき前主の賃貸人としての法律上の地位を承継する慣習があるので、被告石川は、原告との間において本件土地借地権をそのまま保有しているしだいである。

第二、 権利濫用の抗弁

以上に述べた被告等の主張が認容されないとしても、左記理由により、原告は、土地明渡を主たる目的とし被告石川の前記借地権を侵害する意思のもとに本件土地を買い受けたものであるから、原告の本件土地の明渡請求は、民法第一条の規定による信義誠実の原則に違反し権利の濫用であり不法である。

(1)  原告と被告石川との間における本件土地をめぐる従前の紛争の経緯について、まず述べることとする。

(い) 被告石川は、すでに述べたごとく、訴外亡結城〓次郎から本件土地を含む二四五坪の土地を賃借し、昭和二三年一〇月初め頃同地上に建物を新築すべく基礎工事に着手したところ、同年一〇月一一日、原告ほか三名は、東京地方裁判所昭和二三年(ヨ)第二四二八号仮処分命令を受け、被告石川およびその妻石川登利に対し「本件土地内に立入を為し及現在右地上に建築せんとする工事の続行を為すべからず。」との仮処分の執行をなした。

これがため、被告石川等は、右建築の続行をすることのできないこととなつたため、原告等に対し起訴命令申請をしたのに対し、原告等は本訴の提起をしなかつたため被告石川は、昭和二五年一二月一五日東京地方裁判所に対し右仮処分決定取消の申立をなし、右仮処分取消決定を得て、昭和二八年九月頃右仮処分の執行取消をしたもので、その間実に五年間空地のままであつた。

(ろ) また、原告は、昭和二四年三月一五日東京地方裁判所昭和二四年(シ)第八四号罹災都市借地借家臨時処理法に依る賃借権設定並に条件確定申立を、被告石川ほか二名を相手方として同庁に提出し、その後昭和二八年六月二七日右申立を取下げた。

(は) 原告は、右仮処分申請事件および賃借権設定等申立事件を通じて、被告石川において本件土地を含む二四五坪の土地を訴外亡結城〓次郎から賃借している事実を熟知していながら、右賃借権設定等申立事件係属中の昭和二六年五月に本件土地を含む七四坪七合五勺を買い受けたものである。

(2)  別紙第二目録記載の建物は、被告石川において訴外結城から賃借しその後同訴外人から買い受けて同被告の所有に帰した東京市墨田区亀沢町二丁目五番の三土地上に存在し、右建物のごく僅少の部分が、原告の所有に属する同番の五土地上にかかつていたのであるが、この建築は、原告において本件土地を買い受ける以前である昭和二六年四月に、しかも当時本件土地の所有者であつた訴外結城武次の承諾のもとになされたものである。

(3)  以上のごとく、別紙第二目録記載の建物が原告所有の本件土地にかかつて建築されていたにしてもその侵入部分はごく僅少にすぎず、しかも原告は、右建物建築後早急に、その現況を熟知しつつ本件土地を買い受けたこと、ならびに原告が本件土地を買い受けるに至るまでの本件土地をめぐる原告と被告石川との間の紛争の経緯に徴すれば、原告の本件土地所有権の取得は、被告石川の右借地権を抹殺して自己の恣意をあくまで貫徹しようとするための手段であつて他になんらの目的もないことは明らかであり、かような害意に出た本件土地の明渡請求は、民法第一条の規定による信義誠実の原則に違反し、権利濫用として無効と目されるべきものである。従つて、原告の本訴請求は、少くともこの点で失当というべきである。

第三、原告の損害金支払請求に対する抗弁

なお、賃料については、被告石川において、原告に対し、原告が本件土地所有権移転登記手続を経由した昭和二六年五月三〇日以降賃料の弁済供託をしているから、原告の賃料相当の損害金支払請求は失当である。

と述べた。

立証(省略)

別紙

第一目録

東京都墨田区亀沢町二丁目五番地の五

宅地七四坪七合五勺のうち

宅地六三坪七合五勺

第二目録

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の三所在

一、鉄骨造鉄板葺平家建工場兼店舗

建坪三〇坪    一棟

第三目録

東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五所在

宅地七四坪七合五勺のうち宅地六三坪七合五勺(第一目録記載の土地)の地上に存する

一、木造トタン葺平家建店舗

建坪八坪    一棟

図面省略(第二審判決目録参照)

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